■世界地図で見る世界遺産ガイド(4travel)
うーん、アレって色んな使い方できるよなあ。これもまたいい感じ。
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■世界地図で見る世界遺産ガイド(4travel)
うーん、アレって色んな使い方できるよなあ。これもまたいい感じ。
投稿情報: 18:02 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)
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『標準Webデザイン講座 基礎編第2版・準Webデザイン講座』(翔泳社)
にて、
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2nd Day:マーケティング・コミュニケーションとWeb
・マーケティングの変化とWebの関係
・ブランディングとWebサイトの役割
・購買行動・情報行動とWebサイト
・コミュニケーション・デザインの実際
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を担当しました。
僕がプラニングの際に使っている色んなスキームや、「牛乳に相談だ。」のコミュニケーション・デザインの一部を垣間見ることができたり、します。よく「どうやってプラニングしているの?」って質問を受けることがあるのですが、そのうちのいくらかはこれで答えることができているかと思います。
ぜひご一読くださいませ。
投稿情報: 08:18 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)
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FPNニュースコミュニティの実施する、
『アルファブロガー-:人気ブログランキングで見つけられないおすすめブログ』
で、アンテナ系カテゴリの“アルファブロガー”に選ばれました。
これ、投票制で選ばれるそうなんですが、選んでくださった皆さんありがとうございます。
当然読者の方々だと思うので、ここで感謝。
とはいえ、こんなん選ばれたら、今後書くこと緊張するなあ。
と、いうわけで久々にアクセス状況みてみると。。。
index.rdf のリクエストが数百程度、index.htmはその数倍。
結構読まれてますね。。。
ちゃんと更新します笑
投稿情報: 02:22 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (2)
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■ソフトバンク、インターネットを活用した通信制の四年制大学を設立へ(CNET)
数年ぶりに『中央公論』を買った。特集が「大学の失墜」という目を引いたテーマだからだった。
そろそろ大学の定員数は、進学希望者の総数を割るらしい。
一方で、専門職大学院が雨後のタケノコのように増え、一方で、ソフトバンクが1000人の学生を抱える通信制大学をスタートさせる。
さて、ここで考える大学の価値。
専門職大学・通信制大学の隆盛は「学びの機会」を増やしている、というイイことなのだと思うんだけれども、これは「大学の価値の低下」を表していると思う。
これらの傾向は、より”実学志向”な学びの機会を欲する世の中への回答であり、結果としてモラトリアム期間を提供しているだけの今の四年生大学を否定しているようにしか思えないのだ(この辺、上記の中央公論を併読されたし)。
とはいえ大学が”実学志向”であるべきか、というとそれには否、である。というのも大学には「基礎研究」とその「応用」の場としての重要な責があるからだ。しかしそれをちゃんとプレゼンテーションできていない、世の中との接合する部分を提示できてない、そのうえ、その価値を大学の先生方が学生たちに伝えられていない。
そして結果として大学の価値が下がってくる。
つまり、今は大学の価値低下=デフレスパイラル、と、その結果としての専門職大学院と通信制大学院の増加、っていう状況なのだろう。
大学の価値の低下が、日本人の勉学意欲を上げている、というなんとも皮肉な様相を呈しているのでもあるが。。。
投稿情報: 23:47 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (1)
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ここしばらく、90年代のマルチメディア関連の書籍、特に浜野保樹さんの書籍を再び読み始めている。それというのも当時の「デジタル」とか「メディア」への志向というのは、起業のための手段、金儲けの手段、といったもの以上に「思想」であったという感が強く、今もう一度触れておかなければならないような気がしているからだ。特に、最近注目されている Web 2.0 は(すでに次の金脈ととらえてる人もいるが)僕自身はインターネットの新たな「思想」だと思っており、ここで頭を働かせ、感覚を研いでおかないと次の波を泳ぐことができないと確信している。
というわけで、名著『ハイパーメディアギャラクシー コンピュータの次にくるもの』(1988)を開くと、こんなコトバが目に飛び込んできた。
ハイパーメディアはメディアを増やすものではなく、減らすものだ。
僕らはえてして、インターネットの出現によってメディアの数が増えているように思ってしまうが、むしろテレビのような動画、コミュニケーションツールとしてのメールやメッセンジャーやボイスチャットなどなど、すべて「インターネット」という“メディア”の上で可能になっている。「放送と通信の融合」というコトバはもはや廃れつつあるが、インターネットは、メディアを減らすメタなメディアなのだ、と言えるだろう。
ハイパーメディア=メディアとメディアを媒介するメディア
当然、当時の1988年当時の浜野氏がインターネットを指して言っていたわけではないのだが、いろいろなメディアを媒介する(当然、人と人も媒介する)メディアとしてはインターネットをイメージさせる。
哲学・論理学的には、位相が上なものを「メタ」という。
簡単な例で言えば、壁に「この壁にポスターを貼るな」という「ポスター」があるとする。これは一見矛盾するように見えるがそのメッセージを発するポスターは他のポスターより位相が上=メタなポジションにあるポスターなのである。
さて、話をもどし、インターネット。
インターネットは単純にそれ自体がメディアではあるが、他のメディアとは少し違う。
たとえば「テレビ」は放送波とコンテンツと受信機を合わせて「メディア」と呼ぶ。しかし、インターネットのメディア性はインフラ的な部分にあり、その上にいろいろな「メディア」が存在することができることにある。つまり、インターネットは、「メディアとメディアを媒介するメディア=メタ・メディア」なのである。
Web2.0 というのは、インターネットそのものが変化しつつあるのではなく、そうした「メディア」であるインターネットの「上」にある「メディア」が変化しつつある、という潮流なのだろう。
今読むべき浜野保樹著作↓
『マルチメディアマインド デジタル革命がもたらすもの』(1993/12)
『大衆との決別 マルチメディア・マインド〈2〉マルチメディアマインド2』(1995/02)
『ハイパーメディア・ギャラクシー コンピューターの次にくるもの』(1988/10)
『ハイパーメディア・ギャラクシーII コンピューターの終焉』(1989/09)
『ハイパーメディア・ギャラクシーIII イデオロギーとしてのメディア』(1992/06)
『極端に短いインターネットの歴史』(1997/11)
『ハイパーメディア・ギャラクシー』って、福武書店(現・ベネッセコーポレーション)から出てたんだね...『極端に短い~』でももう10年前か~。早い。
ああ、今回は難しくなってしまった。
Web2.0 については、今発売の Webdesigning 2月号の Web2.0 特集もぜひお読みくださいませ。
投稿情報: 08:56 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (1)
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古川さんとこのブログから拾ってきたんですが、確かにこりゃすげえわ。
ライブでこれ実現するんですもんね。
前から存在は知っていたけれども、今あーいう状況だからこそライブで見るのが面白いかも。
あの建物の中で話されてることって、ニュース映像しかみたことないもんなー。
というわけで、コレです。
投稿情報: 01:09 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (2)
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う~ん、あんまり特定のメディアの応援とかはしたくないんだが、これだけ盛り上がっているライブドア・ネタだけれども、(あくまでも個人的な意見としては)メディアとしてのライブドアについては頑張って欲しいんだよね。ブロードバンドの普及を加速させたのが孫さん=ソフトバンクなら、ブログは、ライブドア/サイバーエージェント/ドリコムあたりで、ライブドアは堀江臭を一蹴し、彼がらみのコンテンツを削除して、独立したメディアとして(大変だとは思うけれども)頑張って欲しいんだよな。むかーし付き合いのあった、某氏がライブドアの広告営業の重責についてるんだけれども、最近になって「ようやくちゃんと売れるようになってきたんです」と言って頑張ってるということを風の便りに聞いたのに、その直後にこれだからほんとかわいそうだ。少なくとも現場で頑張っている人たちの声もちゃんとジャーナリズムは吸い上げて欲しい。
むかーし、神保町での某集まりで出会った「オン・ザ・エッジ」の頃の堀江氏は、ネットの熱さを内向的っぽい感じだけど、とうとうと語っていたのになあ。そういや、あの集まりにはライブドア株を早々にゼロ価値にした、マネックスのMさんもいたし、カブコムのUさんもいたし、ありゃ凄かったな。7-8年ぐらい前か?
さて、平松さんがライブドアの社長になった。早く代表取締役について欲しいものだけれども、なんとも因果なもんだなーと思う。確か(事実が違っていたら誰かに修正して欲しいが)平松さんがAOLの社長になったとき、その下にSさん(現アップル日本法人社長)がいた。Sさんはその後ライブドアを辞めてネットメディア企業を作った。それが「ライブドア」。当時はポータルではなくって、広告収入モデルの無料インターネット接続事業でこれはこれで鳴り物入りの登場だった。しかしながら、接続料金の低価格化・会員数の伸び悩みetcの理由で経営破綻をし、当時のオン・ザ・エッジに売却。そして今のライブドア・ポータルへと変貌・進化したのである。
なので平松さんの胸中は相当複雑なんじゃないだろうか。
かつての部下が辞めて作って売られた会社、の名前がつく会社の社長になろうとは。
うーん、運命ってわからないものだなあ。
Anyway、現場で頑張っているライブドアの社員については僕は個人的には応援します。
投稿情報: 00:06 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (0)
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■選手のブログ「トリノ期間中は駄目」 注意を呼びかけ(asahi.com)
オリンピック期間中、選手はブログ更新できないらしい。
五輪憲章の中に「選手のジャーナリズム活動を禁ずる」というものがあるためだと。
一方で、「公式サイトに個人的な見解を掲載することはできる」というガイドラインもあるらしい。
うーん。これは根が深い。
そもそも“ジャーナリズム”とはなんなんだろう?
ブログ=公式サイト(←オリンピックの公式サイトか?選手の公式サイトか?)だったらどうなるんだろう。
とも思いつつ。
“ジャーナリズム”を wikipedia でひくと 「ジャーナリズムとは、散在している事物や人について現在起こっている出来事、流れ(トレンド)の情報を集め、検証し、レポートし、分析する技能・訓練のことである。」と定義され、それを行う人を「ジャーナリスト」としている。
さて、ブログなんてものは、いわば「紙」に過ぎないわけなので、そこに日々の生活を書けば「日記」だし、連載小説かけば「小説」だし、ジャーナリストがニュースをかけば「新聞」になるだろう。つまり「ブログに書くこと」=ジャーナリズムなんてのは、ブログの矮小化にすぎないわけで。
で、今回の件については、ブログとは「選手と応援してくれているファンをつなぐコミュニケーションツール」であり、スポーツマンシップをなんら削ぐものではないんじゃないのか?と思う。むしろ、一般人からの声援を遠い異国の地で競い合う選手が感じられること、それに答えることができるなんて、すごくいい話じゃないか。
テレビ中継で競技を終えた選手がスタジオに招かれてコメントを述べる、なんてのはよくあるけれども、結局はメジャーなスポーツの選手、しかも上位を取れた選手だけ。マイナースポーツ、敗れていった選手の声なんてのは聞くことがこれまでできなかった。それをブログというツールが可能にする。ひいては、選手の今後の競技活動・各競技のファン増加・維持への貢献などなど、、、オリンピック全体へのメリットが相当あるだろう。なのに憲章の解釈をかさに、こんな便利な「マーケティング・ツール」の利用を許さないなんて。
なんか、急にオリンピック熱が冷めてきた。
とはいえ、5%ぐらいね(笑
スキー(特にモーグル!)/スノボ(特にハーフパイプ!)/ショートトラック、が特に楽しみです。
投稿情報: 12:11 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (2)
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日経新聞のNIKKEI NETがユニークなことを実施している。
ここしばらく世の中を騒がしているアノ事件の号外(特報)をpdfファイルで配っているのだ!わお!
投稿情報: 12:55 | 個別ページ | コメント (0) | トラックバック (1)
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